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花の園でマッタリ

2012.11.30 (Fri)

義父の骨あげに向かうバスの中で、旧友からメールが入りました。
この友人、10月の時点で、義父がお世話になる予定だった介護施設に
たまたま勤務しています。
義父の施設入所がお流れになったあと、連絡をとれていなかったので、
心配して「あれからおとうさん、どう? またランチでも・・・」
とメールをくれたのです。
いや、実は今から骨上げで・・・・と、その場は簡単に返信し、
後日、互いの日程をあわせ、今日会うことになったのです。

ランチ前に、堺の花屋さんにつきあってほしい、と事前に聞かされていて
9:30に車で拾ってもらいました。
私には車を運転する友人はほとんどいなかったので、
会うといえば大抵、公共交通機関を利用しての待ち合わせでしたが、
先日の高校時代の友人Gといい、にわかに車づいています(笑)。

とはいえ、わたし顔負けの方向音痴なドライバーさん、
カーナビを頼りに、ハラハラドキドキの運転で、ようやく目的地にたどり着きました(^^;

いやー、こんな大きい花屋さん、うちの町にはないから
ものすごく目の保養になって・・・・・・。
わたしも友人も、花を植えてもすぐに枯らしてしまうのですが、
それでもおうちにお花はほしい・・・・・。
お部屋に雑貨も飾りたい・・・・。

雑貨といえば、季節がら、クリスマス関連のものが多くて、
それはもう選ぶことができないくらい、どれも可愛い!
リースも木の実の色を生かしたものから真っ赤や真っ白にペインティングされたもの、
黒っぽいシックなもの、プリザーブドフラワーなどを使ったお花のリース、
目移りしてしまってどうしようもありません。
結局リースは真っ赤なものにしたのですが、
それはまた後日画像アップするとして、
こちらは松ぼっくりのツリー♪

これも真っ赤なものと真っ白なものがあって、
友人は赤いのを買っていました。
シルバーがほしかったのだけど・・・・・
また白に飽きたら、シルバーにペインティングしようかな。


小さい猫ちゃん2匹は、連れて帰って葉っぱの陰にチョコンと座らせました。
これも、いずれ色があせてきたら、またかりんさんときらすけの色に
ペイントし直してもいいな・・・・。



それから、ミニハボタン♪
葉牡丹って、どちらかいえば、ちょっとお年を召したかたの
お玄関先にワサッと茂って、いかにも和風・・・なイメージですが、
ミニハボタンの寄せ植えとか、すごくオシャレで可愛かった♪
わたしはみっしり寄せ植えするほどは買わず、二つだけですが、
これでも結構可愛いでしょ♪



多肉ちゃんのミニ寄せ植えも、可愛くて購入♪
とりあえず、コチアやセダムオーレウスと一緒にまとめてみました。
近いうちにハボタンも多肉ちゃんたちも、
もうちょっと大き目の鉢に植え替えてあげたいと思います。


昼すぎまでお花と雑貨を堪能して、
自宅近くのガストでランチとお喋り。
楽しい半日を過ごすことができました♪

さあ! 夕方からはお仕事がんばりましょうか!

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16:41  |  お出かけ・グルメ  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

名は体をあらわす

2012.11.29 (Thu)

なんだかバタバタしている間に紅葉の見ごろも過ぎていきますが、
我が家には、今年の早春に植えた楓があります。
モミジの木がほしくて、ネットで一番お値段の手ごろなのを購入したのです。
葉の一枚もない、小さな苗木で買って、
春→初夏と順調に青葉が増えて、小さいながらも秋の紅葉を楽しみにしていました。
ところが夏の暑さで、若くて薄く柔らかい葉っぱたちは
一斉に葉焼けを起こして薄茶に傷んでしまいました。
紅葉はムリだろうと思っていたら、11月になって黄色くなり・・・。
でも、よそのお宅のモミジは、小さくても真っ赤に染まっているので
うちのいつになったら赤くなるんだろう、と思いながら11月が終わろうとして・・・
昨日、そばへいってしげしげと見ていて、はっと気づきました。

「黄八丈」
木にぶらさがっている札に、そう書いてあるじゃありませんか。
ご丁寧に季節による色の変化まで書かれています。

いや、「黄八丈」という名であることは、購入時にわかっていたはずなんです。
着物の黄八丈も可愛いですから、いい名前だなと思っていたんです。
名前が黄八丈なら、当然イメージするカラーも黄色であるべきだったんです。
もしかしたらネット購入時に黄色く染まった画像もあったかもしれません。
納品時にこの札も読んだはずです。
なのに、勝手にモミジは最終的に赤く色づくものと思いこんでいました。
その名のとおり、着物の黄八丈そっくりの色合いです。
葉が傷んでいなければ、もっとキレイな黄色に染まったでしょう。
はあ・・・・。なんで今まで気づかなかったのか・・・・・・(>_<)。



玄関先には、ポインセチアとシクラメン、冬の定番ですね♪


20:28  |  お花  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

プレ・クリスマスな玄関

2012.11.29 (Thu)

今年は弔事が重なったので、年末に新年のお飾りをしたりすることはできませんが、
クリスマスはいいかな~と、何かしたい気分・・・・・。
今のところ、特に考えていませんが、玄関はちょこっとクリスマス仕様もどき?
暖簾だけが何故か夏柄なんで、考えなきゃな・・・・。


コチラ、今月のフラワーレッスンで作ったツリー風アレンジのリメイク。
黄色のスプレーバラが枯れたので、かわりに造花の紅白ポインセチアを挿してみました(^^;





コチラはアイアンのリース。
木の実は拾ったものや職場で同僚さんからもらってきたもの・・・・(^^;
安上がりです(笑)


松ぼっくりに南京ハゼにラグラス・・・・


バラの実、さざんかの実、どんぐり・・・・。

バラの実は干からびて縮んじゃいましたけどね(^^;

00:00  |  お花  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

アロエちゃん

2012.11.28 (Wed)

マイミクさんからアロエちゃんをいただいたので、植えてみました♪

わたしは、かつてアロエちゃんも枯らした女なので、
少々心配ではありますが・・・・・・
頑張って育てていこうと思います。
ちなみに多肉ちゃんたちはこの一年でワサワサになりました♪

20:12  |  お花  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

パスタdeデート

2012.11.27 (Tue)

今日は高校時代の同級生Gとのランチ♪
Gからランチのお誘いがあったのが、丁度義父の亡くなった晩。
そして、義父の通夜に弔問に来てくれました。
本当にうれしかったので、今日のランチも楽しみにしていました♪
車で我が家のそばまでお迎えに来てくれるというので、
朝からいそいそ落ち着かず。
車に拾ってもらって、「どこ行く? マンジャパスタとかフラワーとか・・・」
と言うので、「マンジャパスタ行ったことないから行きたい!」。
同じ系列の「菜の花」や「ドルチェピアット」「ぱんろーど」には
行ったことがあるけれど、マンジャパスタのみ行ったことなかったので、
それもなんとなくウキウキ。
Gとは昨夏の同窓会で再会して以来、仲間内の集まりで
昨秋、今春、今秋と三度会っていますが、
差し向かいでゆっくり喋るのは、実に27年半ぶり。
高校時代にはよくアニメの話で盛り上がったし、
一緒に映画を見に行ったこともありました。
Gとは三年間同じクラスだったので、共有している思い出も多く、
久しぶりに話してみると、日頃忘れていたような思い出が次々出てきます。
懐かしいなあ~。
先日の葬儀の前後の話とかも聞いてもらえたし、
なんだか色々話せてすごく嬉しかったです。
あっという間に2時間3時間とたってしまいました。
今日はたまたま4:30から仕事が入っていたので、
4:00に店を出て、仕事先の最寄駅まで送ってもらいました(●^o^●)
もっとしゃべりたかったけど、ちょっと物足りないくらいで
丁度いいのかな~♪
また会いたいって思えるもんね(^^)。
料理の写真も撮ったんですが、肝心のメインのパスタがなぜか撮れてなかった(*_*)。
ま、そんなこともあるか(^^;
とにかく楽しいひとときでした~♪
20:42  |  お出かけ・グルメ  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

晩御飯は駅弁

2012.11.25 (Sun)

今日は、義父宅へ毎日訪問介護に来てくださっていた施設へ
これまでのお礼に伺いました。
こちらの理事長さんが、義母と親しくしていたかたで、
義父母とも晩年ひとかたならぬお世話になりました。
特に義父は、この一年、毎日午前と午後にヘルパーさんに来てもらい、
デイサービスも利用させてもらい、その他、こまごまとした心遣いをしていただきました。
葬儀には理事長さんとヘルパーさんの代表のかたが来てくださいました。
義母のときもそうでしたが、直接介護してくださったかたは
涙を流して泣いてくださるんです。
最晩年の姿を日々目にし、その生活をサポートしてくださったかたたちに、
心から悼んでいただけることを、深く感謝せずにいられません。

夕方からは喪中ハガキの印刷などして過ごしました。
たまたま今年のはじめにPCを買い替えたため、
一昨日あわてて喪中のあいさつを送る先114件、入力。
挨拶文をレイアウトしました。
本日100枚印刷終了・・・でハガキが尽きました(^^;
明日20枚ほど追加購入してきます(汗)。
なんとか11月中に発送できることになってよかった・・・・。

晩御飯は、昼間たまたまダンナがスーパーで見つけてしまった駅弁!
プチ鉄な旦那、駅弁にも目がありません。
ダンナは近江牛めし、わたしは小樽のかきめし。



今日はこれ以上食べたらあかんー(笑)。
昨日、獣医さんで、猫どもをあと1キロ減らすように言われたので
「わたしも今日、人間ドックで体重減らすように言われたんですぅ(^^;」
と言ったら、「じゃあ一緒にがんばってください・・・(^^;」と
言われたばかりでございます。
猫には強制的に減量作戦を結構していますが、
自分たちもここは頑張って減量しなくては!!
でも、年末年始、美味しいものの誘惑が~。
いや、外食のときはムリせず楽しく食べますよ!!(笑)

19:36  |  つれづれ  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

人も猫もメンテ

2012.11.24 (Sat)

今日はかねてから予約してあった人間ドックの日。
今年は引っ越して環境が変わったり、
毎週休日に義父のところへ行っては、
帰りについついダンナと食事して帰ってしまったり、
カテキョーの時間帯が遅くなったために
夕食を簡単でボリュームのあるものですませたり、
そんなこんなで、これまでにも増して太りました・・・・(^^;
いや、人生のピーク時よりはまだ多少マシなのですが、
それに迫る勢いでの大増量(笑)。
おかげさまで、はっきり言ってしんどいのなんの!
そこへもってきて、このところバタバタ続きで、気分的に疲れてもいたし、
はー、こんな状態での人間ドック、どんなひどい結果になるやら・・・
と憂鬱で憂鬱で・・・・・。
とはいえ、年に一度はしょうがない、
早起きしてしぶしぶ行ってきました。

人間ドックといっても、朝からお昼までの簡単バージョンで、
基本的な項目のみのものですが、やらないよりはずっとマシでしょう・・・。
今年で三年目ですが、毎年、中性脂肪と血糖値がボーダーぎりぎり、
善玉コレステロールが低いと言われるので、
今年はそれが完全に引っかかるのも覚悟の上。
それにプラスして、何か病気が見つかりそうて、ビクビク。
最初、血圧が上150台、下60台で、あかんやん!って感じでしたが、
最後に測りなおしてもらったら、いつもどおりになってホッ。
逆に、脈拍は、一昨年なんて90台でしたが、今年は66でした・・・。
エコーはなんだか毎回不安だし、
バリウム検査は動きが愚鈍で申し訳ない。
でも、今年は炭酸があまり苦しくなくて助かりました。
耳は最近、テレビのボリュームをあげないと会話が聞き取れなかったりするので
どうだかなと思ってましたが、結構しっかりピーが聞こえてたので
安心しました。
目は、眼圧が心配なものの、眼科にかよってますから、
まあ、それはそれでよしとして。

とりあえず検査項目全部すませて、結果を聞くまでのブルーなこと・・。
気持ちはブルーでも、お腹はすきますから、食券でお食事に。
だってね、悪い結果が出て、食事制限なんてことになったら、
もう美味しいものが食べられないですからね、
これが最後の御馳走になるかもしれません(大げさ)。



しっかり食べて、検査結果を聞きに行きました。
とりあえず、血液検査の、今日の時点で結果の出たものだけ。
結果は・・・・、はい、想定内でした。
例の、血糖値、中性脂肪、善玉コレステロール。
これが前よりまた数値が悪くなってましたが、
どうにかこうにかボーダーに達する手前。
でも、今度こそ本気で改善しないとマズいことになりそうです。
ダンナも、脂肪肝と、悪玉コレステロールの増加、ということで、
二人とも食事の改善と適度な運動が必要です。

とはいえ、今日のところは想定内におさまって、ホッ。
もっとほかのところも何か見つかるかとドキドキしてたので・・・。
まあ、まだほかの結果がわからないので、
全結果が送付されてくるまで、かなり不安ではありますが。

そんなワケで、これから食事に気を付けなくっちゃね、と言っている尻から
ダンナが「猫ちゃんのケーキ屋に寄っていくやろ」と。
猫ちゃんのケーキ屋、というのは「シャ・ノワール」のことで。
猫モチーフのお菓子や雑貨が販売されています。
人間ドックのクリニックから近いので、昨年初めて訪れました。
「シャ・ノワール行ってどないするん。ケーキ買うのん?」
家には葬儀のあとに義弟くん一家と分けたお供えのお菓子もだいぶあるのに・・・・。
でも、ついつい旦那の口車に乗ってしまいました・・・・(>_<)。
あかんやろ~~!





帰宅して、今度は、きらすけを獣医さんへ。
きらすけは先週かりんさんと一緒にワクチンを打ちに行ったのですが、
わたしの予想通り膀胱炎が発覚したので、一週間お薬で治療していたのでした。
なので、先週の時点ではワクチンを打てず。
今回、どうやら落ち着いたらしいということで、打ってもらいました。

↓これは、今日仕上げたクスダマ。
実は、義父が転院したら、殺風景な枕元に・・・と思って
作りかけていたもので・・・・。
いや、ほんとはこういうビンボくさい感じのものじゃなくて、
チクチクやアミアミが得意なら、そういう何かを作ればいいんでしょうが
なにせ不器用なもので(^^;
かといって千羽鶴もなんだかなあって感じで。
で、作り始めてたまま、義父が亡くなってまったので、
途中でほっとくのも何だかなあと、ざっくり作ってみました。
ほんとはもっとぎゅうぎゅうに詰めたかったんですけどね。

19:32  |  お出かけ・グルメ  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

義父、逝く その3

2012.11.21 (Wed)


義父の通夜式は、税理士さん方や顧問先の方たちからの沢山のお花で飾られ、
滞りなく終えることができました。
通夜式のあと、親族での食事を終えて、わたしたち夫婦はいったん自宅へ。
徳島の三人とわたしたち夫婦の五人で会館に泊まることになっていたので
一度自宅へ戻って猫に食事と薬を与えたあと、入浴だけすませて、
大急ぎで会館へとって返しました。
入れ替わりに義弟一家を帰し、就寝しましたが、この夜はさすがに一睡もできず。
それでも、前の晩に比較的ゆっくり眠ったので、体調に問題はなく、
翌朝、徳島の三人とともに会館での朝食をしっかりすませました。
9:30頃、義弟一家も戻ってきて、その後、また続々と親族が集まりました。
この日は、私の父も、母をデイサービスに預けて弔問に来てくれました。

告別式が終わり、お棺にたっぷり花を手向け、遺品も一緒におさめました。
そして、義父の好きだった食べ物もどっさりお棺へ。
前日近くのスーパーへ買いに走った半田そうめん、
義弟の奥さんが自分の弟に頼んで買ってきてもらってくれた、もぐらやのお饅頭、
親戚が買ってきてくれた住吉の喜久寿のどら焼き、
義弟くんが近くへ買いに行ってくれたタバコ、
その他、義父が喜びそうな甘いものが沢山。
義父らしすぎて、みんな笑いながらの作業となりました。
父はここで失礼させてもらい、残った親族たちはマイクロバスで斎場へ。
5月に義母を送った同じ道を、義母のときにはサツキの花が、
今回は真っ赤な紅葉が彩る中、義父を送っていきました。
義母のときもそうでしたが、亡くなったお顔がとてもよかったので、
灰にしてしまうのがなんだか惜しいようで、
複雑な気持ちになったものです。

いったん会館へ戻って精進落としとなり、また思い出話などに花を咲かせて、
2時すぎに骨上げに。
義父のお骨は、驚くほど綺麗で、しっかりしていました。
ノド仏も美しく形をとどめ、見事でした。
お骨となった義父と再び会館へ戻って、初七日の法要を執り行いました。
本当に、いろんなかたたちのご協力の中で、
どうにか無事に葬儀を終えることができました。

その後、義父宅へお骨を連れて帰り、
葬儀会場から持ち帰った雑多な荷物を、義弟の奥さんとともに仕分けました。
義弟くんが仕事があるので一足先に引き上げたあと、
六時頃、後飾りのしつらえをしてもらって、私たち夫婦もようやく帰ることに。
義父宅を出るとき、なんだか初めて胸が痛くなりました。
義母が亡くなったときは、やけに泣けて、
病室の片隅で、一人でグシュグシュやってましたが、
今回、義父が亡くなった顔を見ても、なんだかピンとこなくって、
時たま、ジワッとなることはあったけれど、
あんまり実感がありませんでした。
でも、お骨を置いて義父宅を出るとき、妙に後ろ髪をひかれる思いがしました。
もう「まあ、そう慌てて帰らんでも、ちよっと座ってコーヒーでも飲んでいったらええ」
なんて言って引き止める人はいません。
なのに、玄関を出るとき、振り返ればすぐそこのリビングの
いつものソファのいつもの場所に、テレビに向かって義父が
タバコを吸いながら座っているような気がして、
もうそんなはずはないとわかっているのに、
もう一度リビングのほうを振り返らずにはいられない気持ちになりました。

帰宅して、ベランダへ出ました。
金曜日の朝に洗濯した義父のパジャマが、そこにかかったままになっていたからです。
もっと早く、とりこもうと思っていたのですが、
もう着る人のないそれがぶら下がっている様を見るのがなんだかたまらなくて、
葬儀が終わるまで、ベランダには出ないようにしていました。
もう、いつものように畳んで、病院に持っていくこともありません。
ベランダにぶらさがっているパジャマを見ながら、
こんな切ない気分になるくらいなら、金曜日に洗濯なんてしなきゃよかった。
しかたないですけどね。

義父母のお骨を放っておけないので、当分はうちと義弟くんとで
交代交代に毎日、義父宅へ線香を上げに行きます。
四十九日が終わったら、小さなお仏壇ごと我が家へ連れ帰るつもりです。
わたしたち夫婦には子どもがいないから、
あと何十年お世話できるかわからないけど、
元気な間、いっぱい思い出してあげながら、御供養していけたらなと思います。
23:54  |  つれづれ  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

義父、逝く その2

2012.11.21 (Wed)

義父を一度、自宅へ帰してやりたい、と義弟が言いました。
その思いは、ダンナも私もまったく同じでした。
義父はあれだけ、自宅に愛着を持っていたのですから。
とはいえ、時刻はもう真夜中すぎ。
閑静な住宅街で慌ただしい動きをするのも気が引けますし、
自宅に帰せば、雑然とした座敷を片付け、敷布団の用意をし、
(掛け布団や仏具などはもちろん葬儀屋さんが準備してくれますが)
誰かがそばについていなければならないでしょう。
葬儀をすませるまでの一連の作業、動けるオトナは
ダンナと義弟くんと、その奥さんと私、4人だけです。
4人ともがフリーで動けないと、ことが進みません。
それにいったん自宅へ連れて帰れば、再度、自宅から会場へ
搬送する必要が出てきます。
実は当初、翌日17日に通夜を想定していましたから、
それではあまりに慌ただしすぎる、というのもあり、
義父には気の毒だけれど、そのまま葬儀会館へ運びました。
翌日になってわかったことですが、
季節がら、亡くなる人が多く、遺体を搬送する寝台車の手配も
なかなか大変なのだそうで、もし一度自宅へ運んでいたら、
次に葬儀会館へ運ぶ寝台車を確保するのも
結構大変なところだったということで、
しかも17日は大雨・・・・・、
湯灌の儀、納棺の儀、その他雑事に追われもしましたから、
直接会館へ運んだのは結果オーライということになりました。

義父の遺体を葬儀会館へ運び込んで、そのままの流れで
色々と葬儀コースや食事、供花等、選択すべきことが沢山。
もともと義父自身は家族葬でいいと言っていたものの、
義父は長年、税務署で勤め上げ、その後も税理士として働いたので、
仕事上おつきあいのあった方も大勢で、
また義弟くんが同じ仕事をしていて、そのおつきあいが続いていることもあって
やはり税理士さんがたに知らせないわけにはいかないとのこと、
義父の最後を、親族やお仕事仲間のかたたちに送ってもらうことになりました。
亡くなったのが金曜の夜で、当初の考えでは土曜に通夜、日曜に告別式とするつもりでしたが、
色々決めるべきことも多く、税理士さんがたへの連絡も土日に入ってしまってとりにくく、
結局1日ずらせることになりました。
日曜が友引でしたので、その意味では1日ずれて月曜告別式になったのは
却ってよかったのかもしれません。
緊張状態が1日延びることにはなりましたが、
雑事をこなす余裕はできました。

真夜中、2:00すぎに一度帰宅して3時間ほど仮眠をとり、
義父の写真や遺品をピックアップして葬儀会館へ。
1時間あまりして義弟くん一家も戻ってきたので、
葬儀の工程を決定したり、各方面へ連絡をとったりし、
正午から湯灌の儀が執り行われました。
この湯灌の儀、義母のときは家族の前ではされなかったので、
今回初体験です。
女バーテンダーのような恰好いい美人のお姉さんが、
華麗な手つきで義父の体を清めてくれます。
セレモニーの一環としてのパフォーマンス、といった色合いが強いものでしたが、
綺麗に洗ってもらっている様子は、家族にとっては嬉しいものでした。
湯灌の儀を終えた義父の、なんとまあオトコマエなこと!
やや半開きだった目や口もきちんと閉じてもらい、
顔色はメイクなしでもツヤツヤときれいで、
ほんの少しチークをはたいてもらった程度。
義弟くんの娘ちゃんたち「おじいちゃんのほうがパパより顔色いいで(^^;」
と言って義弟くんを苦笑させる始末(笑)。
痩せて彫りが深くなった分、細い鼻梁の高いこと、
2割増し男っぷりをあげた義父でした。

納棺を終えて、明日の2時にご導師であるダンナの従兄さんが来られるまで
主だった動きがないということで、いったんそれぞれの雑事をこなすために
解散することになり、税理士さん方への連絡用のFAX原稿が出来上がるのを待っている義弟くんたちに先がけて、
わたしたち夫婦はいったん自宅へ戻ることに。
ものすごい大雨の中、車を走らせました。
こんな大雨の中、お通夜を強行しなくてよかったとしみじみ。
すると2時すぎ、義弟の奥さんからメール。
従兄さんが今、会館に向かっておられるので戻ってきてくださいとのこと。
「? ? ? ?」ほとんど家のそばまで帰って来てしまっていたので、
わけがわからずパニクるダンナ(^^;
従兄さんが来てくださるのは明日のはずでは? と首をひねりながら
今来た道をとって返しました。
雨はひどいわ、道は混んでいるわ、パニクったダンナの運転は荒いわで
ヒヤヒヤしながら3時すぎにようやく会館へ戻ることができました。
従兄さんが来てくださる「2時」というのを
義弟くんが翌日のと勘違いしていたようでした(^^;
今後の段取りをご導師様たる従兄さんと打ち合わせた後、帰宅し、
義父の好きだった半田そうめんを買いにスーパーへ。
この日はそのあと比較的ゆっくりと休んで、翌日に備えました。

18日日曜日、通夜式当日。
義父宅へ義父の靴や愛用の櫛等とりにいってから、再び会館へ。
義父の郷里・徳島から、ダンナの従兄ふたり、従妹ひとりが来てくれました。
昨年の今頃、義父がひとかたならぬお世話になったかたたちです。
大阪に肉親のいない義父にとって、心強い縁者です。
徳島の三人と義父の思い出話をしたり、通夜前の雑事をこなしたりしているうち、
義弟の奥さんのお身内や、義母の一族のかたたちが続々と来てくださいました。
私の肉親といえば実家の両親だけですが、その両親も
母が身体が悪くて家から出られず、父も母から目を離せないため
通夜にはわたしの身内は一人も来ません。
こういうとき、肉親が一人もいないというのは非常に心細くもあり、
肩身も狭いものですが、わたしはもともと一人っ子ですし、
母の体が悪いのは昔からですから、こういう事態は若いころから覚悟の上、
気弱になってなるものかと踏ん張りました。
そんな中、通夜式の一般焼香の弔問客の中に、見慣れた顔が。
高校時代の友人でした。
実は、たまたま義父が亡くなった夜、彼女から近いうちにランチでもというメールが来て
その時に、義父が亡くなった旨を伝えていました。
とはいえ、いつ、どこで葬儀をするとも知らせずそれきりでしたから、
弔問に来てくれたときには驚きました。
彼女は、葬儀会館のある町の住人で、会館が駅前だったため、
これまたたまたま通りがかったときに、うちの苗字を見かけたということでした。
「スズキ」や「サトウ」ならよくある名前なので素通りしたのでしょうが
ちょっと珍しめの苗字なもので、間違いないと思ったそうで、
「見てしまった以上は知らん顔もできなくて」と
いったん帰宅して出直してきてくれたのです。
これは本当に心強かった・・・・。
もし、わたしの肉親が一人でもその場にいれば、そこまで感激はしなかったと思いますが、
まさに孤軍奮闘だったところへの彼女の弔問で、百万の味方を得た思い。
大げさではなく、素直にうれしく感じました。
「お葬式」というものは、普段、ついつい見過ごしてしまいがちな
義理人情というものを再認識するいいきっかけだなあと
今回改めて思ったのでした。
21:58  |  つれづれ  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

義父、逝く その1

2012.11.21 (Wed)

11月16日17時11分。
義父が急逝しました。

「急逝」という言い方がふさわしい亡くなり方で、
長く苦しまずに逝かせてあげられたのが、せめてもの幸い。

息子たちにとっては、頑固でマイペースな昭和のお父さんだったけれど、
遅くに嫁いだ私にすれば、年々かわいらしいおじいちゃんになっていった義父。
80になった時にはまだまだ矍鑠としていたけれど、
それから徐々に言動ともにスローペースになって、
次の言葉を考えて「あー・・・」「うー・・・・」とうつむいたまま
えっ、寝そう!? なんてことが多かったため、
わたしは「吉本新喜劇のタツジイみたい(笑)」なんて無礼なことを思い、
自分の友人たちには「ウチのタツジイがね」などとよく話したものです。
だから、わたしの友人たちはみんな、
「てっちりの好きなタツジイ」「美々卯の好きなタツジイ」
「鰻の好きなタツジイ」「お寿司の好きなタツジイ」
「タバコの好きなタツジイ」「お菓子の好きなタツジイ」とインプットしてくれていて(笑)
今回、亡くなったことを知っても皆一様に、
「ええっ!? タツジイさん、つい最近まで鰻食べに行ってなかったっけ!?」と
驚いてくれたのでした。
それもそのはず、この春まで、義父はまだまだ健啖ぶりを発揮して、
外食大好き、お菓子大好き、コーヒー大好き、グルメなおじいちゃんを通していて、
その度に私は友人や同僚に「昨日ウチのタツジイと○○食べたよ」と
話してたんですから。

義父が天王寺でハルカスを見上げてひっくり返ったのは今年の4/5でした。
昨年の5月にお風呂場で動けなくなって以来、足腰の弱りがひどくて
夏からリハビリのため老健施設に入所、
今思えば、その期間が私たち夫婦にとっては一番大変な時期で、
義父が外出したがっている、タバコを吸いたがっている、
今すぐ散髪に行きたがっている、自宅に帰りたがっている、と
朝昼関係なくほとんど毎日のように施設から電話があり、
ご家族からなだめてくださいと言われ・・・・・
まだ仕事場にいるときなどにこれがあると、ほとほと困り、
「散髪は次の日曜日でもいいかな?」と電話口の義父に尋ねると
「いや、わしにも予定というものがあるのでな、
今から行けたらええと思うんや」の一点張りで、
またダンナから電話かけなおしてもらってなだめたり・・・と
まあ、義父も老健施設での生活が退屈でつまらなくて、
早く家に帰って好きなときに好きなだけタバコを吸いたくて、
ちょっと記憶やなんかが錯綜しちゃうこともあったりして、
とにかく「もう一回四国に行けるようになるために
頑張ってリハビリしようね」となだめすかして、
やっと、立ち座りや歩行が自力でスムーズに行えるまでに回復、
11月、念願の四国徳島行きを果たすことができました。
徳島まで車で送って行って、迎えに来てくれたダンナの従兄と
鳴門で一緒にゴハンを食べて・・・・
思えば、あれが義父との一番の遠出でした。
いつもよく四国の話や、四国から初めて船で大阪の天保山に着いた話を
それはもう繰り返し繰り返し聞かされてましたから、
一緒にフェリーに乗れたことや、一緒に四国の地を踏めたことは
いい思い出になりました。
従兄さんに義父を任せて私たちは帰阪しましたが、
義父はとても歓待され、至れり尽くせりであちこち観光もさせてもらったそうで
あの時の喜びようといったらなかったです。
もっとも、この四国行きを果たしたことで自信をつけた義父、
往年の暴君ぶりを発揮し始め・・・・・(^^;
いったんは承知していた施設入所もキャンセル。
そして翌春4/5、雷雨の中タクシーを飛ばしてハルカスを見に行き、
・・・転倒したというわけなのでした。

京橋の病院に運ばれ、腰の圧迫骨折ということで入院。
おりしも翌4/6、義母が肺炎で緊急入院、しばらくの入院生活の後、
5/6、 3月に逝った実のお兄さんと弟さんのあとを追って旅立ってしまいました。
その一週間前、4/29に退院していた義父は、
車いすのまま、どうにかこうにか義母の葬儀の喪主を務めたのですが
京橋の病院に入院している間に、すっかり体力は落ちてしまっていました。
病院の食事で胃が小さくなったのか、痩せて以前より食が細くなりました。
ハルカスを見に行く3日ほど前には、いつもどおりの健啖ぶりだったのに、
一般的に「年寄はコケたらアカン。寝付いてしもたらアカン」というのは実にそのとおりでした。
それでも退院以来、施設へ入ることは頑として承知せず、
自宅で一日二回ヘルパーさんに訪問してもらいながら、気儘な独居を続けた義父。
以前のような食欲は戻らないまま、足腰は弱るし、
ヘルパーさんに起こされて食事をとる以外はほとんどベッドで寝て過ごすことが多く、
夕方になると起き出して、朝まで喫煙しながらテレビを見て過ごすという生活パターン。
わたしたちも週に一度様子を見に行くのが精いっぱいで、
今の状態でとても一人では放っておけないと、
施設入所を何度も勧めましたが、その都度、答えはNOでした。

そして、9/21。
朝、テーブルとソファの間にうつぶせで倒れているのを
ヘルパーさんに発見された義父は、 かかりつけの病院へ運ばれました。
うつぶせになって圧迫されていたせいか、肺炎なのか、
肺に曇りがあるので、回復するまでの三週間ほどの入院ということでした。
この「動けなくなっているところを発見される」というパターンは初めてではなかったので、
毎度心配はさせられるものの、大きな驚きはなく、
とにかく入院してくれているほうが安心だし、
その間に今度こそ施設を探そうということになりました。
いくつか施設を検討した結果、うちの家から徒歩範囲の
しかもわたしの同級生がヘルパーとして勤めている施設に ほぼ決定。
部屋もおさえ、話も進め、本人との面談もすみ・・・・
と、ここまで順調だったのが、施設側から待ったがかかったのです。
義父が左足をひどく痛がったのがきっかけ。
施設の人が、少し触っただけで「イタイッ!」と大きな声を出したので、
ベッドから車いすへの移動等の介助に、支障があるのではないかと
施設の人が危ぶんだのです。
この左足の痛みは、夏の初めころから急に訴え出したものでしたが、
施設から病院側へ、この足のことを含めていくつかの質問がされ、
病院側の回答は、いずれも問題ない、施設での介護は可能、
というようなものでした。
それでも、施設側は不安がって、今回の入所は見合わせたいと言ってきたのが10/22午後。
確かに、今回の入院、入院して一週間くらいは比較的元気だったのが、
それ以降、日に日に痩せて元気がなくなり、どうも言葉もおぼつかない日が多い。
施設の人が、これはどうも怪しいと思ったのも無理はありません。
言葉がひどく出にくいが、脳梗塞か何かの影響かと先生に尋ねても
問題ない、きちんとこちらの話も理解してくれるし、
反応も返してくれている、とのことで、
確かに日によっては結構いつも通りの会話ができることもある・・・。
とはいえ、痩せ方がひどく、元気もなく、食欲もないのです。
病院側は「退院に向けて順調に回復している」と言うし、
まあ、食欲がないのは病院食が不味いせいで、
食べないから体力が落ちて元気もないのだろうと思うしかなく、
施設に入ってもう少しまともな生活をすれば、少しは元気になるものと思い、
退院→入所を心待ちにしていたところへ、施設からの入所見合わせの連絡が来たのでした。

はてさて、どうしたものかと途方に暮れていたら・・・
10/26、主治医から病状説明に呼ばれました。
肺炎の疑いで入院してもらい、肺の曇りはずいぶん晴れて快方に向かっていると思われたが、
食欲がなく元気もない、炎症の数値もなぜか下がらない、
おかしいのでCTスキャンを撮ってみたところ、胃の内部がボコボコに腫れている。
左の副腎にも腫瘍らしきものがある。
過去の前立腺癌は完全に落ち着いているし、副腎に転移するのは肺癌であることから、
肺癌の可能性が高いし、胃の腫れや食欲不振から胃癌である可能性もある。
いずれにせよ、非常に弱っているので、
手術はむろんのこと、抗がん剤等の使用は難しいので、
このまま静かに見守るということになると、
まあ、もって2ケ月か3ケ月という可能性もあり、
とにかく胃癌の疑いに関しては胃カメラ、
肺癌の疑いに関しては腫瘍マーカーで調べてみます、とのこと。
寝耳に水で、ポカーン。
とにかく、胃カメラと腫瘍マーカーをお願いして、
11/7、その結果を聞きに行きました。
その日は大好物の鰻を買っていきましたが、それも少ししか食べることが出来ず。
ハルカスの出来具合を気にしていたので、現在の姿をプリントアウトして持って行って見せたら、
「おおおお・・・」と感心し、「おとうさん見たときより大きなった?」と聞いたら
(自分が見たときはこれくらい)という意味で、ビルの2/3ほどのところを指さしました。
阿倍野界隈にはよほどの思い入れがあるようです。
先生との約束の時間に義弟の奥さんがやってきたので、 三人で先生の話を聞きました。
検査の結果、胃癌ではなく、肺癌。
肺の扁平上皮癌とのこと。
最近は肺癌=タバコとは言われなくなりましたが、
あとから調べてみたところ、この「扁平上皮癌」に関しては
喫煙との因果関係が非常に深いとのことでした。
これまで毎月の診察で、かつて治療した前立腺がんの予後は診てくださっていたものの
そちらは全く問題がなく、本人が症状を訴えない以上
CTスキャン等もしないので、その兆候はわからなかったけれども、
体力が落ちたことで症状が出てきたのだろうということでした。
治療はできないので、見守るしかない。
余命2~3週間というような状態ならこのままでいいが、
高齢で進行もゆっくりなので、施設か老人病院へ転院してもらうという線で
話を進めようということでした。
脳への転移があれば、あと二か月くらいだと思われるし、
急死ということもあり得るけれど、いずれにせよ、静かに見守っていくしかない、とのことで
11/13、ダンナと義弟の奥さんと私との三人で、
病院の医療福祉相談室で転院先についてのアドバイスをもらいました。
その中に、うちの家から近い病院があったので、そこを第一候補に
相談室のほうからアプローチしてもらうことになりました。

転院先第一候補の病院に、空きベッドがありますよ、との回答が来たのが、11/16の午後。
やれ助かった、これまで見舞いも平均して5~7日に一度しか行けなかったけれど
転院先の病院なら今までよりもこまめに洗濯物の回収にも行けるし、
差し入れも持って行けると思っていたその日の夕方。
義父の容体が急変しました。
調子が悪くなったらしいので、会社から帰ってすぐ病院のほう見に行ってみる、と
ダンナからメールをもらったのが17:30。
丁度、わたしが家庭教師先へ向かうバスの中で、まさか事態がそんなに逼迫しているとも知らず
じゃあ今から仕事行くけど何かあったら連絡してねー、みたいなノリで
そのまま出かけました。
この時点では、誰もまさか義父が亡くなるなんて思わず、
ダンナは丁度仕事が早晩の日だったので、いち早く病院へ行ったものの、
義弟はもちろん仕事があるし、義弟の奥さんや娘ちゃんたちも、たまたまのコンサート鑑賞、
みんながごく普通に過ごしていたのです。
家庭教師先で、そろそろ今日の勉強も終わろうかという19:20。
ダンナからのメールで「おとうちゃんが19:11に亡くなりました」・・・。
もうびっくりで。
でも、今更うろたえてもどうしようもない、とにかく残り10分間、仕事をすませて
タクシーを飛ばして病院に駆けつけました。
ダンナも死に目には会えなかったようでしたが、
なんというか、まだ眠っているような、起こせば起きそうな顔でした。
9時過ぎに義弟君も仕事を片付けて駆けつけ、
義父を霊安室へ移動させました。
夜が更けて義弟の奥さんと娘ちゃんたちも慌てて駆けつけてくれて、
真夜中、義父を葬儀会館へと送ったのでした。
11:27  |  つれづれ  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

復活の日!?

2012.11.12 (Mon)

今日は久々にささみちゃんとランチ。
ささみちゃんは長らくの闘病生活の末、現在も自宅療養中・・・なのですが、
日々、低血圧と格闘しつつ、体力回復に努めているところです。
先月、仲の良かった同級生の集まりに、ささみちゃんも参加、
少しずつ少しずつ、出来ることを増やし、生活のエリアを広げつつあります。
そんなささみちゃんの目標のひとつだった、「文の里のセルペペでランチ」。
ささみちゃんが入院生活を余儀なくされるまでは、
何度か一緒にこの店でランチをしましたが、
退院直後のささみちゃんにとっては、自宅から徒歩10分ばかりのセルペペが
とても近くてとても遠い場所だったのです。
先月の集まり以降、次はセルペペでのランチ、と気のはやるささみちゃんに
しっかり体調を整えてもらい、今日は満を持して(?)の決行・・・。
幸い、お天気にも恵まれ、ランチ日和です。
ささみちゃんも目標達成で嬉しかったと思いますが、
わたしもとても嬉しかったのです・・・・。
あまり社交的なほうでない私にとって、
ささみちゃんは数少ない「気の措けない親友」の一人です。
同じ沿線に住み、しかもわたしの職場とささみちゃんの自宅が徒歩範囲という、
抜群の条件のおかげで、これまでちょくちょくランチとお喋りを楽しんできましたが、
長い入院生活で、それもお預けのままでした。
今日は二人のランチ復活の記念すべき日です。
幸いなことに、今日のささみちゃんの体調はすこぶる良かったようで、
久々のセルペペランチはリニューアルされていて、
これまたとてもおいしくいただけました♪


ささみちゃんが、ひとつ、またひとつ、ハードルをクリアしていくのを
枯れ木も山のにぎわいで、わたしもハタで右往左往しながら見守っていきたいなー♪
口下手なわたしの話を辛抱強く聞いてくれる人なんて、
そうそういないんですから、ささみちゃんにはこれからも末永く
お付き合いいただかねばなりません~(^o^)
もっと元気になったら、またあちこち食べにいかなくっちゃね♪
22:09  |  お出かけ・グルメ  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

ツリー型に初挑戦

2012.11.08 (Thu)

今日は午前中にフラワーレッスン。
来月はクリスマスなので、ツリー型のアレンジメントを教わりました。

ちょっと形が漠然としてるけど、なんとなーく三角錐を意識して作りました(^^;。
多肉ちゃんのコチアがキレイだけど、萎れやすいそうで残念。
山帰来の実も可愛いです。
山帰来は枝振りが面白いので、いつかそれを生かしたアレンジもやってみたいなあ。

裾の方に、松ぼっくりもワイヤリングしてあしらってます。



では、これからお仕事に行ってきま~す♪
12:30  |  お花  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

大改造!!劇的ビフォーアフター

2012.11.04 (Sun)

今日の、大改造!!劇的ビフォーアフターは、お友達のご実家でした。
丹波篠山の萱葺きの古民家。
もう番組冒頭から、萱おろしが終わるまで、
涙と鼻水でグダグダになってしまいました(^^;
行ったこともないおうち、お会いしたこともないお母さんで、
全く縁もゆかりもない家なのにです。
わたしは20代半ばまで、母方の祖母と同居していて、
「サザエさん」的な戦後に建てた平屋建ての母屋と、
わたしたち親子が住んでいた離れと、庭に建てた浴室がありました。
もともと土間づくりだった台所に、あとから板の間の床を作ったので
その段差分、流しが低くなって使いづらかったのを、
今日の放送を見て思い出しました。
祖母が入院するようになって誰も住まなくなった途端、
家の中のあちこちが傷みだして、悲しかったなあ。
家は人が住んで、外の風が入って、家の中の空気が動いて、
それで初めて健康な家であれるんだなあと、
その時思ったものです。
父方の実家にも、5才まで住んでいたことがありますが、
そちらは完全な百姓家で、さすがに萱葺きではありませんが、
今日の放送で出てきた家と同じような家でした。
土間から座敷へあがる段差がものすごく高くて閉口したのも
全く同じだし、増築部分とつなげた形も同じでした。
かつて牛を飼っていたのも同じ。
小さいころに薪割りさせてもらったことや、
外にあるトイレに行くのがこわかったこと、
板の間で近所中集まって餅を丸めたこと、
長い縁側で結婚式ごっこをしたことなんかを思い出します。
その家も、祖父母が亡くなった今は、もうありません。
20代まで過ごした母方の家もありません。
そして、どちらも、家がなくなる瞬間を私は見ませんでした。
今日の放送を見て、いろんな記憶がゴッチャになって、
懐かしくて、切なくて、目が熱くなって、
どうしても涙が止まりませんでした。
わたしが住んだ家たちの土地は、人手に渡してしまって、
全く別なおうちが建っているはずで、
だから近くを通ってもそちらへ目を向けることがまだできません。
あの家がなくなってしまった、ということを実感したくなくて。
その後、結婚するまで、二軒の家に住みました。
短い間でしたが、やっぱり思い出があります。
結婚して13年住んだマンションより、
それまでの4軒の家に対するほうが思いが深い。
私が、小さくても中古でも、地べたのある家に住みたかったわけは、
そこらへんのところにあるのかもしれません。
だから義父が、自宅にこだわっているのも、ものすごくわかります。
そんなことを色々と思いめぐらせながら見ていましたが、
番組のシーンが進んで萱おろしが終わり、
いよいよ改築が始まると、さっきまでの感慨もどこへやら、
もうワクワクしてしまって。
この番組は好きで、ちょいちょい見ていますが、
やっぱり新しいおうちが出来ていくのは楽しい・・・。
「家が建つ、家が建つ、ぼくの家ではないけれど」です。
マンション住まいの頃は、よく道を歩いていて
よそのお宅の普請を見かけると、中也のこの詩を
なんというか、嫉妬と羨望との入り混じった苦い気分で
思い出したものですが、この番組を見ているときは
すごく楽しい気持ちになれるんです。
今日は、お友達の家とあって、なおさらワクワク。
素晴らしい家が出来上がっていく様は本当に楽しくて、
しかもポイントポイントに元の家の名残をとどめてくれる心遣いは
毎度、この番組の好きなところです。
見終えてホッとしたところへ、実家の母まで興奮気味に電話してきました(笑)。
本当に素敵な家になってよかった。
第三者のわたしとしては、もとの萱葺き古民家そのままが捨てがたいけれど
実際に住むには難儀な部分が多いのもよくよくわかるし、
本当に明るいよい家、彼女のご一家にピッタリだと思いました。
はー、なんだか興奮して、くたびれてしまいました(笑)。
21:49  |  映画・TV・書籍  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2012.10月北海道 3

2012.11.01 (Thu)

次に訪れたのは竜仙峡。
赤いつり橋からの眺めがキレイです。







あと半月あとなら、紅葉が見事だったと思いますが、
ところどころ色づいていました。
吊り橋からの景色を楽しんで駐車場のほうへもどりかけると、
釧路へ向かう特急大空が駆け抜けていきました。

竜仙峡をあとにして、車中でお弁当です。


そして最後に、一日目見送った支笏湖観光。
これで短い北海道滞在も終わりです。
天気予報は散々だったのに、とうとう傘の出番はなし。
雨女のわたしがいながら、天気予報がよいほうに外れるなんて、
ツアーの参加者によほどの晴れおじさんか晴れおばさんがいたのでしょう。
まだまだ夕暮れではなかったのですが、写真は逆行だったせいか、
すっかり日が暮れたみたいに見えますね(^^;








こちらは、二日半お世話になった観光バス。

冗談か本当か、博物館入り寸前と言われるだけあって、
内装などは古めかしいのですが、とてもキレイに使ってありました。
お疲れ様です。

最後のシメに新千歳空港でラーメンを食べて
北海道をあとにしました。

往路にくらべると、少し天候が悪かったのですが、
トラブルもなく定刻通り帰還。
帰りは神戸空港に8:35着で、帰宅は11時すぎ。
ぴったり2日半の行程でした。

道北、道東のような雄大さはなかったけれど、
久しぶりの北の大地、たった二日半のバス旅行でしたが、
存外楽しむことができました。
次はもう少し、ゆったりした旅だと嬉しいですけれどね♪
21:04  |  お出かけ・グルメ  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2012.10月北海道 2

2012.11.01 (Thu)

小樽をあとにし、二日目の宿は新富良野プリンス。
バイキングばかりでも何なので、この日はコースメニューを頼みました。

ホテル敷地内のニングルテラスには、いろんな手作り雑貨が
展示販売されていて、とても楽しめます。



更に森の中の小道を下っていくと、『森の時計』なるカフェがあるのですが
満腹すぎて、行くのをあきらめました(^^;
翌朝に時間があれば、『風のガーデン』も見に行きたかったのですが、
バスの出発時刻に間に合わなさそうだったので、これも断念(>_<)。

翌朝、バスが最初に向かったのはカンパーナ六花亭。
2010年に新しくできた店舗で、バスの運転手さんもガイドさんも初めてだとか、
途中、道に迷いそうな一幕もありましたが、
ちゃんとたどり着きました(笑)。


そのあと、『北の国から』のロケ地である『麓郷の森』へ。



どうせ、さだまさしの「♪あ~あ~あああああ~♪」なんかを
大音量で流しっぱなしにしてるんだろうよと思ったら、そんなこともなく、
静かな森の中だったのでホッとしました。
観光客は多かったですけどね(わたしもその一人ですし(^^;))。
森の立派な木ばかり見ていると、足元の草むらに咲いた小さい花が
とても可憐に見えますね。


                              (つづく)
20:59  |  お出かけ・グルメ  |  Trackback(0)  |  Comment(0)
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