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2011.03.11

2011.03.20 (Sun)

3/15、某フランチャイズで、小学生対象の学習教室を開室しました。
3月に入ってからは、毎日毎日その準備と研修に追われながら、
従来の仕事と家事もこなすという、日頃怠け者のわたしにとっては
目の回るような忙しさでした。

日本の歴史に大きな傷跡を残すこととなった2011.3.11、
この日もわたしは、研修のひとつである「教室実習」のため、
堺の某所へ出かけていました。
実習が3:30からでしたから、巨大地震の発生時、
わたしは電車の中でしたので、揺れには全く気づきませんでした。
電車を降りて駅を出る際に、何人かの人が
「また地震やなあ。宮城、えらいことやなあ」などと話している声が聞こえましたが
なにしろ地震列島と呼ばれるわが国、さほど驚きもせず
実習に宛てられている教室へと向かいました。
教室で、生徒が来るまでのしばらく、先生方と手作業などしながら話しつつも、
私たちはまだ事の重大性を知らずにいました。
スタッフのかたも「でも、時々こうやってちょっとした地震が起こるのは
必要かもしれへんよね。たまってくると大地震になるかもしれへんし」などと話し、
わたしも「そうですよねー」なんて、気軽に相槌を打っていたのです。
まさか、その「大地震」が現実に起こったのだという認識もなく。
 
実習が終わったのが、午後6時。
開室前の研修が、それで全て終了しました。
さあ、あとはいよいよ、15日の開室を待つのみ!と、
年末からの張り詰めた気分が幾分緩んで、足取りも軽く駅へ向かい、
電車に乗り込んで、いつものようにmixiとTwitterをチェックして・・・
そこで初めて、その日起こった出来事の尋常ならざることを知りました。

自分は、全くいつもと変わりがない、周囲を見回しても、
未曾有の災難の翳などどこにもさしていない・・・・、
なのに、iPhoneの画面を通して、遠くの友人知人たち、
または顔も知らない人たちの上に、大変なことが起きている・・・・・、
自分は、何も知らずに数時間過ごしていて、
今も身のまわりにそれを感じることさえ出来ないのに、
mixiやTwitterの中は、悲惨な状況を伝える書き込みや、
被災者への気遣いの言葉で埋め尽くされていました。
その時、とても妙な、理屈ではうまく説明できない気分に襲われたのです。
誤解を恐れずに、一番近い言葉で表すなら、
「出遅れた!!」でした。
決して、不謹慎な意味ではありません。
興味本位で、話題に乗り遅れた、という意味ではないのです。
でも、この未曾有の大災害のときに、何も知らずにのほほんと
日常生活を送っていた自分に、不思議なほどの焦りを感じたのです。
沢山の人が苦しい思いをして、その中には命さえ落とした人も多く、
そして無事だった人々は、もうツイートを追うことさえ出来ないほど
びっしりと、被災者を案じるメッセージを寄せている・・・・
そんな時に自分はといえば、つい数分前には、
浮き浮きと朗らかな気分にさえなっていたのです。
日本国中の、溢れんばかりの恐怖と、悲しみと、不安と、そして思いやり、
そうした感情の奔流から、取り残されてしまった自分が
ものすごく悔しく、もどかしく、情けなく、
また、そんな理不尽な感情に支配されてしまった自分に対する戸惑いで、
しばし、頭の中が真っ白になってしまいました。
車内を見回せば、誰もそんなことは気にも留めていないように見える、
いつも通りの日常、わたしも表面上、いつもと何一つ変わらない、
でも、そんな中、わたしはすっかりうろたえてしまっていました。

けれども、帰宅してテレビ画面に映し出された映像は、
そんな私の想像をさえ、はるかに上回った悲惨なものでした。

その日は、ひたすらTVニュースを見て、
mixiとTwitterで世の中の動きを追い続け、
そして、焦りは強まるばかり・・・・。
翌日は、義父と食事の約束があったので、夫婦で義母の施設を見舞ってから
義父とかに道楽へ出かけたのですが・・・・・
その間もなんだかモヤモヤして、常にmixiとTwitterから目を離せず、
外食なんてしている自分にますます焦燥感が募り・・・・
なんというか、頭の中は、軽いヒステリー状態だったのかもしれません。
なのに、自分が身を置いている場所では、当たり前の日常が営まれ続け、
人々は「大変なことになったなあ」「東北は気の毒に」と
のん気そうに口にするばかりで、
どうもTwitterで目にする沢山の言葉たちとは温度差があり、
それがまたわたしを苛立たせました。
何かしたいと思っても、大阪にいるわたしたちは、
節電することですら、直接東日本の役には立てないと知りました。

心はふさいでも、通常の営みが続く関西にあっては、
自分り目の前のことを片付けていくほかありません。
日曜日、開室の準備を仕上げるために教室へ。
旦那に手伝ってもらってどうにか形にしました。
そのあと、実家の母を見舞ってから帰宅。
結局、金曜日の夕方以来、家族としか言葉を交わしておらず・・・・、
ネットを通して伝わる東日本の生の声と、
いつも通りの自分や家族や、周囲で目にする人々とのギャップに
ただただ戸惑い続けた三日間となってしまいました。

月曜日、職場へ。
同僚たちとの、ニュースに関わる会話・・・・、
いつもと変わらないような世間話の、でも、いつもより少しばかり真摯で深刻で、
心遣いの見える、そんな会話を少し。
あとは、いつもと同じように仕事をして、笑ったり、愚痴ったり。
そんな半日を過ごして、なんとなく心が軽くなりました。
わたしたちは、たぶん、そのようにして日々を過ごすしかないのだと、
ようやく自分を許せるような気がしました。

東北では、大変な思いをしている人々が溢れ、
関東でも不便な生活を強いられている人たちが沢山いて、
けれども、今、自分たちに出来ることは何もない・・・・。
無傷だったわたしたちは、ただ、日々の生活を今までとおりに営み続けるだけ。
東日本の苦労を少しは分かち合いたいと思っても、
おそらく実際にそれをすることは、何の役にも立ちません。
せめて心だけは寄りそいたいと願うけれど、
毎日の暮らしは、わたしたちなりにいつもと変わらず続けるこしかできません。
そうすることが間接的に、東日本が一日も早く日常を取り戻すための
役に立ってくれることを信じることにしました。
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12:21  |  つれづれ  |  Trackback(0)  |  Comment(2)

Comment

NoTitle

私も寒いと、エアコンをつけたりして温まりますが
被災地では・・って思うと
なんか、申し訳ない気持ちになったりします。
とにかく寒いんですよ、東北は。

今は1日でも早く、被災者の方々が暖かく、平和な生活を取り戻すことができるよう
祈るばかりですね。
まきっころ |  2011.03.21(月) 18:50 | URL |  【編集】

Re: NoTitle

>>まきっころさん
大阪では、節電の協力すらさせてもらえません。
大した義捐金も出せないし、ボランティアもできないようなわたしなんかは、
せめて節電の協力でもできればいいのにと思いますが、
それすらできない。
だから、今自分にできることは、いつもどおりに生活して、
西日本の元気が日本の経済を引っ張って、
それが被災地の復興につながりますように、なんていう
とてつもなく間接的なことでしかないんです。
でも、心の中で一生懸命エールを送っています。
**めめ** |  2011.03.21(月) 20:30 | URL |  【編集】

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