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葬儀が終わりました

2012.05.08 (Tue)

昨日、義母の葬儀を終えました。

暦の関係で、亡くなったその日のうちに通夜、
翌日(昨日ですが)に葬儀、とあわただしい中でしたが、
義母の親族が多数駆け付けてくれて、
先日の義叔父たちのとき同様、
和気あいあいと和やかな中で故人を偲んでもらうことができました。

喪主である義父が、参列するのがやっとの状態ですから、
実質葬儀を取り仕切るのが、初体験のダンナと義弟くん。
わたしも義弟嫁も葬儀を出す側の経験がありませんし、
いろいろ指図してくれる年配の者もいないので、
本当に行き届かない葬儀になってしまったことと思いますが、
それでも葬儀社のかたや、ダンナの従兄弟であるご導師様、
ほかの親族のかたたちや義母のお世話をしてくださった
施設の職員のかたたちなどのおかげで、
どうにか葬儀をひととおり終えることができました。

まだ中陰が満ちるまではいろいろ雑事に追われると思いますが、
それでもホッと一息です。
義母もようやく不自由な肉体を離れて、
懐かしい家に帰ることができました。

本当にふっくらと穏やかなよいお顔で亡くなったので、
斎場でお別れする際には、このまま荼毘にふすのが
なんだかもったいないような気がしましたが、
お骨になってやっと自宅へ戻れたのですから、
これでよかったんだろうなと思っています。

わたしが32で結婚したとき、義母は71で、
あとから考えると、その時すでに少し認知症が
始まりかけていたのではないかと思います。
義母は本当に家族や親族を大切にする人で、
みんなで集まるのが大好きでしたから、
結婚当初は、先日亡くなった義叔父夫婦なども一緒に
みんなでお正月のお祝いをしたりしたものでした。
「みんないろいろ都合もあるやろうけど、
わたしが元気なうちは、こないしてみんなでお正月させてねえ」
と言っていたのがついこの間のことのようです。
それも最初の二.三年で、義母の認知症がはっきりし始めてからは
次第次第に自然消滅し、やがてはわたしたち夫婦と義弟一家さえ、
なかなか顔を合わせることがなくなりました。
そのあと義母が施設に入って・・・・
嫁としては、ある意味とても楽をさせてもらったと申し訳なく思います。

おそらく、昨日の葬儀の参列者の中で、
わたしが一番、元気だったころの義母との思い出は少ないでしょう。
お料理上手だったという義母の手料理もとうとう味わわないままだったし、
お買いもの好きだった義母と出かけたこともありません。
実家の母が体が弱くて、あまり母親と出かけるということがなかったので、
実は、お姑さんができたら、一緒に出かけたり、
何か同じ趣味を持ったりできると楽しいかもと
考えていた頃もあったので、とうとうそれができずじまいだったのは
少しさびしい気もします。
わたしが人見知りで引っ込み思案なもので、
なかなか義母が元気なときには、こちらからアプローチするということが
できなかったものです。
子供でもできたら、孫を見せに、もう少し義実家に気軽に出入りできたろうになと思うと残念です。

でも、赤ちゃんに戻ってからの義母とは、
親族の中でも私たち夫婦が一番よく接していたと思うので、
元気だったころの明るくてクルクルとこまめによく家事をこなしていた義母と
ここ何年かのかわいらしい様子と、どちらも頭に描くことができます。
認知症のおばあちゃんの中には、よく悪態をついたり
ワガママを言ったりするようになるケースも多いですが、
義母は一切そんなことがありませんでした。
施設に入ってからでも、会話ができていたころは、
誰に対しても「ものすごくいい人!」と心底から感謝していましたし、
会えば必ず「ゆっくりして行ってよ? 何か食べるもの
用意しといたらよかったねえ」と何度も何度も言い、
別れ際には「また来てよ? みんなの顔見るのがわたし一番嬉しいのん。
絶対よ。ゆっくりしに来てくれやなあかんのよ」と
ありったけの思いを込めて繰り返していました。
認知症が進んで相手の判別もつかなくなっても、
持って生まれた気性だけはついぞ変わることがなかったのは
家族にとっても幸いなことでした。

幸いといえば、義母がお世話になったいた施設のかたたちも
本当に幸いなことに、とてもよくしてくださっていて、
義母のケアにかかわってくださったヘルパーさんがみんな
通夜や告別式にお焼香に来てくださり、
中には涙ぐんでくださるかたもいらして、
とてもありがたかったです。
子供に戻った義母を、実際に日々お世話してくださった方たちですから
それだけに誰よりも別れを惜しんでくださったんだろうなと思います。
わたしも、とりたてて何かお世話をできたわけではありませんが、
赤ちゃん返りした義母とのかかわりのほうが長かっただけに
「母」というより、なんだか子供と別れるような気がして、
だから私も泣けてしかたなかったのかもしれませんね。

とにかく、今は大好きな義父のそばに戻れて、
本当によかったなと思います。
今までお疲れ様、と言いたいです。


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