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アラフィフに突入して思うこと

2014.06.08 (Sun)

友人が、子育て期に一段落ついて、
自分のペースで生活でき始めてるという日記を書いたのを読んで、
わたし自身は子育てとかしたことないし、その大変さはわからないなりに、
20代30代と仕事したり、家の中のトラブル経験したりしながらこの年まで来て、
なんというか今が一番ホッとしている感じがするなあと思った。
同世代の人の中でも、あー、最近余裕が感じられるなって人、
ちょこちょこ見受けるし。
(もちろん、それとは別に、この年やからこそ、
自分や自分の家族に健康上のトラブル等々が出て
色々苦労している人も沢山いる。
わたしも年寄り二人見送り、まだ将来的に二人見送ることになるし、
自分自身、色々体調の変化は感じてる:けど)

40代になって余裕ができて、20代30代に気になってたけどできなかったことを
ちょっとずつやってみたりして(まあいずれももろもろの事情で長続きはしなかったんだけど)
まあそこそこナットクのいく40代を送ってこれたと思う。

この先、孫を抱く楽しみもないし、
いずれ施設なんかに入って(金持ちでない私でもその頃には何らかの
介護を受けられる時代になるという前提だが(笑))
自分には訪ねてきてくれる家族はいないわけだけど、
まあそれは覚悟の上だし、そうなるまでに何が起こって人生を終えるかもしれないし、
とりあえず今は平々凡々な、「幸せ」という言葉も大袈裟に感じるような
ぬるーい生活を送ってます(笑)。

もちろん、あれこれ気がかりはあるし、日常イラッ、ムカッとすることも
それなりに沢山ありはする・・・・。
一人で生きているわけではない以上、
完全に自由なんてありえないし、
肉体の衰えはどうしようもないから、
やりたいことなんでもできるというわけでは、もちろんない。

でも、なんか今のこのぬるーい、ゆるーい状態が、
一日でも長く続けばいいなと思う。
まあ、そんなふうに思ったことに限って、唐突に終わるのかもしれないけど、
それでも一日一日、このゆるさを満喫したいな~。

決して当たり前じゃない。

色んな経験の上に今日があるし、
それは自分一人の手柄じゃないし、
今日一日が平凡に何事もなく過ぎるのは
ものすごい幸運なことなんやって、今は思う。

父や母がいて当たり前、健康で当たり前、
結婚して当たり前、子供ができて当たり前、
子供が健康に、横道にそれずに育って当たり前、
経済的に不自由なくやっていけて当たり前、
そういう人たちというのも少なからずいると思うけど、
わたしは一つ一つが幸運であったり、
努力の結果であったり、
とにかく当たり前に授かるものじゃないということを知ってる人のほうが
より幸せを感じられる人やと思う。

たまたま立ち止まって、ふっと今の自分を見直したときに、
あ、それなりにそこそこな感じ? って気づける人でいたい。

私は若い頃からずっと「足りないこと」を感じ続けていて、
「もっともっと」って思い続けてきた。
欲張りで身の程知らずで愚痴ったれと、はたからは見えたかもだけど
自分の中では、それが人としての向上心ってもんちゃうの、
っていう反発心もあった。
足りないものばかり数えず、自分が持っているものを数えるように
アドバイスを受けたことも度々だった。
でも、自分の中で、足りないものを欲してた自分と、
今、自分が持ってるものに幸せを感じてる自分は
全く矛盾してないんやなー、これが。

そもそも「あって当たり前」の、何も感じてない人には
「足りないもの」「持ってるもの」っていう意識そのものが、
ないんじゃないかなと思う。
自分にとって「あって当たり前の物」を
しゃかりきになって求めてる人間のことは
なんだか浅ましく滑稽に見えるかもと思う。
「足りない苦しさ」を知ってるから、
「持ってるしあわせ」も感じるんちゃうかな~・・・・。

まあ、「あって当たり前」のまま、何も感じずに一生終えれれば
それはそれで一番ラクな幸せな一生でうらやましいとは思うけど、
本人は自分がいかに幸せやったか、きっと気づけない。

わたしはこれまで、自分に足りない物を人が持っているとき、
いいなー、うらやましいなー、と思うこともあったけど、
どうもそれは、その「人」を羨んでるのではないらしい。
だって、その人にとって、それがさほど重要でない場合もあるから。
その人自身はべつにそれを持ってることに幸運を感じてないかもしれない。
うらやまれる筋合いはないかも。
だから、人は関係ないんやなって思う。
「足りないもの」「持ってるもの」は、あくまでも自分が基準。
他人が、「あなたは〇〇を持ってるじゃないの!
なんてシアワセな人んだろう!」って決めるものじゃないし、
その人をうらやましがるものでもない。
ただ、その人が持ってるそれを、「ああ、自分も持てればいいのに」
ってうらやましく感じるだけ。
だから、他人から見て、それのどこがシアワセ?って思うようなものが
自分にとってはものすごく大切だったりする。

なんかそういう当たり前のこと、多分言葉にすれば当然なことが、
最近、ほんとの意味で腑に落ちてきた気がする。
「足りないもの」を見て見ぬ振りするのではなくて、
それはそれとして受け入れたうえで、
「持ってるもの」のありがたさを感じたい。

まあ、そう思えるのも、少しゆとりがあるからかもしれないけど・・・。



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