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学校での勉強の是非

2015.01.28 (Wed)

Facebookで、「大人が聞いても胸に刺さる教師の言葉」
とかなんとかいうのを見かけまして。
なんか、学校の勉強なんて役に立たないっていうけど、
そんな役にも立たない勉強すらできないやつは
社会に出ても役に立たない、みたいなことが書かれていました。
まあ、それも確かにそうなのかもしれないけど、
実は最近よく思うのは、勉強って仕事の役には
確かにそうそうたつものじゃないけど、
仕事よりもむしろ、プライベートを豊かにするもんなんじゃないかなって。
 
たとえば、仕事をリタイアして、さあ、何か趣味でもって思ったとき、
教養ゼロだと、何かに興味を持ってもゼロからのスタートになりますよね。
年取ってからのゼロからは、結構しんどくてイヤになりかねないけど、
最低限の知識があればスンナリ入れたりする。
いや、そう思ったのは、年取って人生楽しんでる人たちを見たとき、
知識の幅が広い人が多い人が多いなと思ったから。
守備範囲広くて、好きなように動ける。
「いやー、還暦すぎて初めてやり始めたんですよ」
なんて言っても、スタートラインが違う気がするんですよね・・・。
若いうちにキチンと基礎を積んだ人は、
何にでも対応できる気がするし、
物事に広く関心を持つ習性が身についてるというか、
アンテナの感度がいいというか。

もちろん、ゼロから始める楽しさというのもあるとは思うけど・・・。
まずは足場を固めてどっちの方向へでも進むための基礎体力をつけることとか、
何かを学習したり知識の身に着けたりする方法を学ぶということとか、
集団の中でみんなと一緒にルールにのっとって
ひとつのことに集中するということとか、
学校って、長い人生を生きていくための基礎とノウハウを
身に着けるところなのかなあと。
いざ自分がやりたいことを見つけたときに、まったくの丸腰じゃあ心もとないし、
周囲も迷惑する場合があるんじゃないかなあ。
学校での勉強は、自分にとっての可能性を広げるためと、
社会でスムーズに生きていくためのものなんだろうなと思います。
会社とかで直接役には立たないかもしれないけれど、
人生、会社だけではないし。
仕事にしろ、趣味にしろ、人生のポイントポイントで、
何かに関心を持ったり、必要に迫られたりしたときに、
そっちへ歩み寄るための術とか、基礎になることとか、
そういうのを学校で学んだという気がします。
社会人になって3年や5年で「学校で習ったことは役に立たなかった」と
決めつけるのは早計だと思います。

人生は長いんやで、若人よ(笑)。


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